織田信長は桶狭間の合戦で”偶然”勝利したのか?

私が住む静岡県浜松市では、NHK大河ドラマ『おんな城主 井伊直虎』の舞台と言うことで、観光を中心に地域を盛り上げようと官民とも頑張っています。
それは良いとして、先日3月5日に放映された第9話では、井伊家が仕える今川義元が織田信長に破れ、直虎の父である直盛も討死してしまいました。

この戦いは世に『桶狭間の戦い』と言われ、日本人の多くが知っている歴史上非常に重要なイベントとして知られています。
ドラマでは井伊家視点で展開されているため、合戦の模様はあまり触れていなかった様ですね。(見ていないので分かりません(^^;))
とはいえこの戦いは『圧倒的に戦力の勝る今川軍は油断し、酒席に興じていた。織田軍はその隙をつき奇襲、突然の雷雨も味方し義元を討ち取ることに成功した』と言われています。
なので今川義元はオバカだったのでは?とか、雷雨と言うラッキーがもたらした結果なのでは?と思われがちです。
今までの大河ドラマもそうだったし、他の歴史マンガを見ても義元は武士らしくない風情で描かれており、ダメキャラに思われがちです。

では織田信長は幸運に恵まれて”偶然”この戦いに勝ったのか?と言うと、そうではありません。
最近の研究によると、信長は非常にしたたかな戦術を用いたことがわかってきているそうです。

戦いの前日、信長の居城・清洲城で行われた軍議において家臣たちは『打って出るべきか?籠城すべきか?』議論をしていました。
今川軍の兵力2万5千に対し、織田軍は4千・・・まともにぶつかったら勝ち目はありません。。。
白熱する家臣をよそに信長は一言も発せず、自身の考えを伝えることもなく散会・・・が!翌朝4時、信長は突如として自らを先頭に出陣。手勢わずか5騎を引き連れて城を出発。慌てて家臣も後を追ったものの、必勝祈願に訪れた熱田神宮までの間、ちりじりの状態であった言われています。
これは信長の突発的な思いつきに家臣が翻弄されている様に感じます。しかしこれは味方に敵の内通者がある可能性を考え、こちらの戦術が漏れる事を嫌った信長の作戦だったと言う説が有力だそうです。

敵に手の内を漏らすことなく進軍した信長は相手の動きを探ることも入念でした。戦局に応じて今川軍はどう動いているか?何より義元はどこにいるか?逐一探っていました。
信長が狙うのは義元の首ただ一つ、そのために幾つかの砦の兵力を落として攻めやすくさせたり、おとり作戦を使うなどして相手の兵力を前線に導き集中させていったのです。
それは戦力を分散させ、義元のいる本陣の兵力をさげることを狙ったものなのです。
その結果、奇襲を仕掛けた時は義元本陣の兵力は5千程度となっていたそうです。しかも休憩中や突然の雷雨により、士気の落ちた状態で。。。

こうした事実を知ると、信長は『一か八かの賭けに勝った』と言うよりも『勝つべきして勝った』と思えませんか?

相手の情報収集を丹念に行い、分析し、それをどう活用するか?どうすれば最も利する形勢に持っていけるのか?

これは現在の我々のマーケティングにも通ずるものがあるのではないでしょうか?

よくTVや新聞・雑誌などで集客の成功した人の話を見聞きします。
そこではあたかも『運がよかった』『偶然の大当たり』『一か八かの賭けに勝った』などと描かれがちです。
なぜならその方が視聴者に射幸心を煽り、刺激を与えることができるからです。

でも実は成功する人は共通して運や偶然などではない確かな戦術・戦略があるはずです。
少なくとも成功している私のクライアントの社長にお話を伺うと、成功している理由が必ずあることに気付かされます。

インターネット集客の最大のメリットは『結果を数値で計測することができる』と言うことです。
ですが、それを分析しどう活用するか?どうすれば自社の強みにつながる戦略に繋げられるのか?それは大将、つまり経営者の力量と言えるのではないでしょうか?

そんな事を常に頭において、考えながらマーケティングをして行きたい。
またクライアントさんにも提供して行きたいと思います。